電子国家の最先端なコインランドリー

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大学の目の前に、ソ連時代に建てられたというキャンパス内でも最も古く、最もボロい建物がある。
大学までおよそ徒歩5秒といったところか。そこが僕の住んでいる寮である。
たとえ大雨だろうが大雪だろうが、それらが僕の生活に土足で足を踏み入れることはない。
電車の遅延を理由に遅刻することも、満員電車に揺られおっさんの熱気を全身で感じることも、夢のような話だ。
僕はいつものように溜まった洗濯物を抱え、僕の部屋のある5階から寮の地下へと降りた。
アフリカ系の学生が溜まり場としている寮のエントランスを抜け、入り口横の階段から地下室に向かう。
タリン旧市街のようなメルヘンチックなイメージからは想像もしにくい、薄暗く戦時中の潜水艦の中のような雰囲気の廊下の果てに、コインランドリーがある。天井にはパイプがむき出しで配備されており、誰かが洗濯機を回すたびに、水がそこを通って僕の頭上を追い抜いていく音が耳に触れる。
くたびれてシワシワになっている洗濯物を洗濯機へ放り込み、右ポケットから2EURコインを取り出した僕は、それを洗濯機横についた小さな箱の投入口から転がす。カタンと音を立ててその小さな僕の資産は飲み込まれていった。ランドリーは基本1EURか2UEコイン以外は受け付けておらず、電子国家と言えど小銭は持っていなければ生かしてはもらえない。洗濯方法の設定をするために、小さな画面に目を写しスイッチを押そうとするも、そこでやっと僕は非日常に気づいてしまった。
「値..値上げしてる?!」
先週までは確かに一回2EURだったはずだ。なぜだか洗濯機が動かない。同時にコイン投入口の上に小さくゴシック体で「NB!3EUR」と書かれたシールが僕の両目に横から食い込んできた。その不気味な数字とアルファベットの文字列は、僕を一瞬で海のそこへを沈めた。そのまま海水で洗ってやりたい気分だったが、1EURコインを持ち合わせていなかった僕は、仕方なく渋々さらに2EURコインを投入した。その瞬間、僕は大きな穴が開けられた海深くの潜水艦のような気分になった。僕の小さな資産は、音を立てて飲み込まれ、それきり返ってくることはなかった。1EURにすがるほど貧困な生活を送っている僕は諦めきれず、近くにいたランドリーの管理人のおばちゃんに、この事件の一部始終を丁寧に報告する。彼女は英語が話せないため、簡単な単語を羅列して説明を試みなければならなかった。
「お釣りは返ってきません」
それが僕が最後に彼女から聞いた言葉だった。潜水艦に開いた穴からは大量の水が流れ込み続け、酸素の足らない僕は、窒息した。

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